秘密の地図を描こう
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振り向くと同時に、シンがにらみつけてくる。その後ろでミゲルが肩をすくめて見せた。
「何故『関係ない』と言える?」
それすらも気にせずにイザークが聞き返している。
「自分ができないことを他人には押しつけるのか?」
さらに付け加えられた言葉に、シンは唇をかむ。
「自分ができることならば、好きなだけ批判しろ。それは相手の技量が劣っていると言うことだからな」
だが、逆ならば自分を戒めろ……と彼は言う。
「イザークらしい物言いだな」
「と言うより、イザーク以外に言えませんよ、あんな恥ずかしいセリフ」
ミゲルとニコルが小さな声でそうささやき合っている。だが、それが真実だから反論のしようもない。
「そうは言いますが、あいつは軍人で……」
「……それ違う」
シンの言葉を聞いた瞬間、ディアッカは思わず反論をしていた。
「あいつ、軍人じゃねぇから。それどころか、あの戦争が始まるまでMSはおろか、ミストラルも操縦したことがなかったってさ」
ただのカレッジの学生ならそうだよな、と続ける。
「……学生?」
「そう言うこと。友達を助けたくて、たまたま近くに転がっていたMSを操縦したのが、軍に目をつけられた原因だとよ」
あえて、どこでとかどこの、と言った情報は口にしない。
下手なことを言ってはもう一つの秘密がばれてしまう可能性がある。
「それはとりあえず脇に置いておいて……お前は何でザフトに入ろうと思ったんだ?」
フリーダムに復讐するためか? と切り込んでみた。
「……俺は……」
「もしそうなら、即座にアカデミーからたたき出す」
即座にイザークが口を挟んでくる。
「その程度の権限は俺にもあるからな」
個人の感情に左右されるような存在はザフトには必要ない。彼はさらに言葉を重ねた。
「何よりも、あいつは俺たちにとって、大切な友人の一人だからな」
もし、シンが彼を傷つければ、自分達はシンを憎むかもしれない。
「お前は、誰かにずっと憎まれ続ける覚悟があるのか?」
ディアッカはこう問いかける。
「俺がどうして! あいつはオーブの人間で……」
「俺がつきあっている相手はナチュラルで、オーブにいる。そいつにとっても大切な相手なんだそうだ」
もし、あいつに何かあれば彼女も悲しむ。そして、傷つけた相手を恨むだろう。
「その覚悟があるのか?」
こう問いかけながら、そう考えるとアスランはすごいのかもしてない……と心の中で呟く。文句を言われようと何をしようと、彼はオーブにいるのだ。
もっとも、それに気づいていない可能性も否定できないが……と心の中だけで付け加える。
「とりあえず、一晩、ゆっくりと考えてこい」
雰囲気を変えるようにミゲルが口を開く。
「自分がどうしたいのかも含めてな。それでも、憎しみを抑えきれないなら、さっさとここをやめろ」
その後のことは相談に乗ってやるから、と彼は言う。
「……俺は……」
シンはそんな彼に何かを言い返そうとする。
「……わかりました」
だが、何を言えばいいのかわからないのだろう。ため息とともに言葉を吐き出す。その表情が本気で悔しそうだ。
「誰かを憎むことよりも許すことの方が大変でしょうね」
だからこそ、そうできるものの方が偉いと思える。ニコルはため息とともに言葉を口にした。
「本当に自分が何をしたいのか、考えてください」
その上で、必要ならいくらでも相談に乗る。彼はそう告げた。
「もっとも、できることとできないことがありますけどね」
さりげなく釘を刺すのは彼らしいと言える。
「……はい」
それにしても、ニコルの笑顔は最強かもしれない。
ディアッカはそう考えると同時に小さなため息をつく。その間に、シンは教官室を後にした。
「あいつはどんな判断をするんだろうな」
ドアが閉まると同時にディアッカはそう呟く。
「わからん。だが、あいつを傷つけようとするなら、全力でたたきつぶすだけだ」
イザークのこのセリフが自分達の結論だろう。それだけは間違いない、とディアッカにもわかっていた。